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このブログでももう何度も6月の入院手術ネタを書いておりますが、今回もその関係です「またかよ~」と思われそうですが、しばらくお付合いいただけましたら幸いです。笑。

 

表題については最近思っていることであって、当たり前のことなのですが、入院前の検査や手術でバタバタしている時には頑張るというか「なんとか現状維持できれば・・」みたいな守りの姿勢になってしまいました。

 

でもやっぱり最近「違うな」と思うように。

 

事業を継続させようと思えば現状維持で満足していてはいけないと思います。

 

税理士業界自体の環境も目まぐるしく変化していきますし、これまで自身が獲得してきた既存のお客様も永久的にお客様でいてくださる保証はどこにもありません。

 

だからこそ、現状のみに満足せず、サービスの見直しや新しいことに挑戦する等、自身を磨く努力をたゆまず続けていかなければならない。

 

それは開業時から分かっていることでしたが、5月からの度重なる検査や入院及び手術で少し疲弊気味になってしまいました。

 

今年の5月の婦人科検診で引っかかり、最終的には手術で子宮筋腫と判明したのですが、それまでは「卵巣腫瘍」と診断がおりていて、その診断自体、心配が多いものであったため、色々考えさせられました。

 

スッキリしなかった術前検査

5月の婦人科検診で「卵巣腫瘍がある」と言われ、手術に向けての怒濤の検査が始まりました。

 

腫瘍は当初「良性」だと言われていて、手術は6/19に腹腔鏡で行われることになっていました。

 

しかし術前の造影剤を用いたMRI検査の結果で雲行きが怪しくなってしまいました。

 

腫瘍部分が軽く造影されてしまったからです。

 

放射線科より「卵巣癌の疑いは否定できない」との結果を受けてしまいました。

 

なんとも回りくどい言い方ですが、要するには「卵巣癌の疑いがある。」ということです。

 

心配性のわたしは恐怖で凍り付きました。

 

婦人科の主治医は「良性でもこれくらいの造影はよくあること。」と励ましてくれましたが、これで腹腔鏡での手術の実施は不可となってしまいました。

 

腹腔鏡はお腹の3箇所に小さな穴を開けてそこから器具を入れて操作するのですが、中で腫瘍を砕いて取り出すため、万が一悪性の場合は、腹腔内に悪性の細胞を撒き散らし、ステージが上がってしまうリスクがあるからです。

 

なので「確実に良性」という場合でないと腹腔鏡での手術はできないことになっています。

 

MRIの結果がこんなかんじだったので、念のためにPET-CTの検査も受けました。

 

PET-CTの検査はがん細胞にブドウ糖が集積するという特性を利用して、身体にブドウ糖を注射してガンの有無を調べる検査で全身のガンを調べることが出来ます。
(ガンがある部位が光ることによってガンを発見できる仕組み。)

 

人間ドックの申込みの時に「受けてみたい」と思いつつ、あまりにも高額(1回約10万円弱)なので諦めました。
しかし、皮肉にも医師の指示によりこの豪華検査を保険を使って受けることができました。(といっても、3万円弱かかりましたが…。)

 

このPET-CTの結果はなかなか出なかったですが、最終的にこれは大丈夫だった模様です。(主治医はひとこと「大丈夫でしたよ。」としか伝えてくれませんでした。)

 

わたしも怖くてほとんど何も聞けなかったですが、「転移はないでしょうか?」とだけ聞きました。(主治医「転移はありません。」と。)

 

ちなみに、腫瘍マーカー(血液検査)は全て正常値内でした。
(CEA、CA19-9、CA125など)

 

術前までの治療計画のお話し

開腹手術で腫瘍を取り出し、いったん閉じる、

取り出した腫瘍を病理検査に出し、もし悪性又は境界性悪性の場合は、後日再手術をし、子宮及び卵巣を全摘出する、

ステージの進行度合いによっては抗がん剤などの追加治療を行う、

初回の手術時に術中迅速診断で悪性か良性か境界性かを簡易的に出すことはできるが、正確さが70%しかないため、いったん閉じる方針、

しかし、初回の開腹時に目で見て明らかに病状が進行している場合は、術中迅速診断のうえ、子宮及び卵巣の全摘出を行う、

 

とのことでした。

 

ちなみに、術前打ち合わせでもらった書面には「境界性悪性腫瘍の可能性が1番考えられる」のような内容が書かれていました。

 

また「手術を受けずに放置した場合は病気の進行により予後が不良になる。」とも。
「予後が不良になる」ついて医療関係の仕事をしたことがないわたしであってもその言葉の意味することが分かりました。

 

現状維持よりの思考に

上述したような問題が起ったとき、まず思ったことは
「現状、新しい仕事の着手は少し厳しいかもしれない。既存のお客様に迷惑をかけないよう現状維持に全力を尽くそう。」ということでした。

 

悪性や境界性悪性の場合、病気の進行度合いによっては追加の治療として抗がん剤治療がありますが、その場合、髪や睫毛が抜けるなどの副作用は避けては通れません。

 

できるだけお客様や周囲の人達に心配をかけたくない、知られたくないという思いがありましたが、見た目の変化で分かってしまうだろうと覚悟もしました。

 

健康な身体で生きていくことは本当に有り難く尊いことです。

 

このような問題が起きる前、わたしも一事業者として「売上げをまだまだ伸したい」とか「今期の利益はこれくらい欲しい」とか色々考え巡らし、時にもがきながら生きてきました。

 

しかし、もしかしたら死ぬかもしれない、「わたしはいつまで生きれるんだろう」と思ったとき、売上げとか利益とか、そんなことはどうでもいい、とても些細なことのように思えました。

 

あんなふうに悩みもがいたから病気になってしまったのではないか、もう少しゆっくりすればよかった。売上げとか利益とかよりも生きていたい。どこかのパートのオバサンでもいいから…と。

 

※ 写真は手術約1時間前の不安げな様子。1階のコンビニにリップクリームを買いに行き病室に戻るところ。午後には断末魔の痛みが待っているとも知らず。。
※ 病院でもApple Watchが大活躍しました。

 

術後しばらくも保守的に

手術により、卵巣腫瘍ではなく、子宮筋腫だったことが判明し、追加の治療については必要なくなりました。

 

卵巣腫瘍と子宮筋腫なんて全然違うもののように素人ながらに思うのですが、婦人科の医師も放射線科の医師も術前は誰も気が付きませんでした。

 

たまたまだったのかもしれませんが、術前の検査の精度がもう少し上がればいいなと思います。

 

深刻な状況を脱したことについて、ホッと安心はしましたが、精神的な疲弊や術後の痛みや体力の低下で術後も「現状維持に頑張る」ことで精一杯でした。

 

しかし、最近は冒頭にも述べましたように「違うな」と思うように。

 

生きていることはそれだけで本当に素晴らしい。でも、それだけではダメだと。

 

試行錯誤し、時に悩み苦しみながらも、頑張って生きていくから人生は素晴らしく楽しいのだと思います。

 

ただ生きてるだけで挑戦を止めてしまったら、それはもうわたしの人生ではないし、生きている意味はない。生きながら死んでいるようなものだと回復してきた今は思うのです。

 

少しお暇をいただきましたが、これからも失敗を怖れず、試行錯誤しながら、時にもがきつつも頑張って走っていきます!(でもお疲れが出たら少し歩きますけどね。ぷぷ。(^_^))

 

☆★☆ 編集後記 ☆★☆
昨日は母、妹、息子、甥っ子の5人でカトリックの聖マリア大聖堂へ。
お盆前に甥っ子が受けた手術が無事に終わったので、そのお礼参りでした。
助けて欲しいときだけ「神様…」と祈るのではなく、
感謝の気持を伝えることは大事なことです。
大聖堂は工事中でしたが、神聖な静寂さに満ち満ちていました。